『錆喰いビスコ』のセリフ回しが神がかっている

『錆喰いビスコ』というラノベがある。
今しがた、4巻を読み終えた。めちゃくちゃ面白かった。


『錆喰いビスコ』。熱さと勢いでぶっ飛ばす、少年バディ架空日本ロードアクション。

著・瘤久保慎司、電撃文庫刊。2018年に出た新人作品のくせに、既刊二冊時点でライトノベルのファン投票、宝島社『このライトノベルがすごい!2019』にて新作・総合ダブル一位をかっさらった*1。骨太い小説である。

画像検索していただければあなたに刺さるかどうかははだいたいわかると思う。これは記事を読んでいる人に話しかけている。知らない人が読むことあるんだろうかこれ。わからないけど架空の読者に語りかけている。

何がすごいのか。
一般情報は脇において、とにかく私はこの作品が好きである。

まず、世界設定が楽しい。

関東に鎮座する架空の自治体・忌浜県。黒スーツにハットの怪しい知事がウサギの着ぐるみ兵を連れ歩き、スラムを迫害している。
東北は霜吹県、旅商人の土地。デカい荷物を背負った女の子がバリバリの東北訛りを披露し、元気に商売をやっている。

2巻は宗教国家・島根の六塔で大暴れし、3巻は生えてくる旧都市「東京」と戦う。
ゲテモノの世界に、確かな文化がある感じが楽しい。出てくるひとりひとりがおかしな街で生活し、宗教を信じたり、ご飯を食べたりしている。


それから、キャラクターが良い。

赤星ビスコ、暴走キノコ守り。弓を引き絞ってキノコを咲かせ、己の中に神を信じて突き進む。めっぽう強いが、バカで優しい。阿修羅のごとき苛烈さとたまに見せる慈愛のギャップが良い。
猫柳ミロ、戦う名医。知識でビスコをサポートし、ひたむきに背中を守る。賢いので怒らすとビスコより怖い。可憐な容姿とたくましさのコンボがいとしい。

こいつら、名前がビスコとミロだ。ふざけている。
実際作中でも笑われている。1巻冒頭は名前をバカにされたビスコの大立回りから開始する。強い子になるように。笑いながら読むのに、読み終わる頃には気づいたら泣いている。世界の設定といい、シュールとシリアスのバランス感が凄いのだ。そしてそれは、セリフ回しのセンスにもぞんぶんに発揮されている。


当記事は新刊を読んでいたオタクがあまりのセリフの良さに耐えきれなくなって書き始めた。
気持ちいい。めちゃくちゃ気持ちよかった。誰かと気持ちを共有したい。

最新刊のネタバレ満載だ。なぜかちょっと初見のかた向け作品紹介を書いてしまったが、当記事は『錆喰いビスコ 4 業火の帝冠、花束の剣』感想になります。私が声だして笑ってしまったセリフをいくつかプレゼンしたい。展開はあんま書かないので、いちおう読んだ人向け。

キノコを信じている同胞のみなさんに読んでいただきたい。あるいは、知らない人にも薄目で見てなんとなく私が面白いと思っているものを知ってほしい。

セリフ回しが、神がかっている。

以下、不親切箇条書き。

好きなやつ

・「生命が進化するのは当然です。命がただ伸びやかに生きることが、大罪だと! 法務官はそう言っているんですよ!」

これは、純粋に私に響いた。サタハバキの判決を初めて見たミロのセリフ。
ミロ、このあとの展開踏まえると、ずっとシシの味方してるのがせつなくて愛おしい。
錆喰いビスコ、常に生命の強さをあまりにも信じているな。その真っ直ぐさがまぶしい。


「キノコ守りが従うのは! 己の中の神にだけだァッ!!」「俺たちの信念に、土足で踏み込んだな。ただで済むと思うなよ……!」

ビスコが繊細で情緒豊かな面を見せる瞬間がたまんなく好きだ。
この阿修羅、公式で「信心深い」のだ。キノコ守りの神像や伝統を大切にする姿が何度も描かれてきている。あの、ビスコが……独力で太陽も砕けそうな赤星ビスコが、「俺たち」を尊び、神を抱いているという事実が好き。
そして「信念」という言葉。信念のあるキャラクターはカッコいい、とよく言うが、ビスコはキャラクターと信念ががっちり結び付いている。このセリフ、色んな魅力つまってて好きだなあ。


・強大な法の力の前にまんまと虜囚となった少年二人とシシは

これセリフじゃないんだけどじわっときたので触らせてほしい。法の力(物理)じゃねえか。


「その鞭痕は、虐げられるものの痛みを忘れない王の傷だと思ってた。僕の買い被り? そこには、ただ! きみの怨みの数が、刻んであるだけなのか、シシっ!」

シシの内面ドラマ、全体的にすごく好みで胸がぎゅうっとしてしまった。
人間に厳しい展開。醜い内面を暴き出して鮮烈に喝破する。大好き!


・「おれはっ! おまえがそうやって恵まれた哲学に至るまでの間、何もできずに! 同胞の死を眺めていた……その冷たい身体に、土をかけることしかできなかったんだッッ! 高いところから、おれの無念を知らないで……!」

私はちっぽけで愚かな存在の復讐意識がたまらなく好きだ。逆恨みとか、八つ当たりとか、客観的に見ればその人が悪いにすぎないものを、悲痛に描かれると泣いてしまう。
恵まれた人の正論を「上から目線だ」とわめいて否定するのもせつなくて好きだ。
だけど、罵られた言葉を無視もせず軽視もせず、魂で受け止めて全身でやり返すミロも、全部全部かっこよかった。ミロ、かっこよすぎた。輝いてた。お前は知性の兄だよ……
相対的に甘いと言われるビスコがひっそりかわいい。


・「お前が引き寄せるのだ。強きもの、強きいのちを、善も悪もなくお前のもとへ!」

ビスコは何度でもそういうものだと描かれる。ぼくらの神さま。


・「これでぇぇッッ! 逆 転 無 罪 だァーーーーッッ!!」

思わず呼んでて叫んだ。面白すぎる。

瘤久保慎司、小説としての常識を軽々と突き崩してくる。
このタイミングの一字あけ(アクションノベルなら他にないことはないのだろうが)、破天荒だ。一巻当初、閉じカッコの前に時々句点を打っていた印象も忘れがたい。近年のエンタメノベルではあまり見ない文章規則を容易に使う。

なのにそれが違和感皆無で痛快さに化けるのだ。ブレない作風の力によるものだ。

逆転無罪、良すぎる。決して普段は法など気に留めぬ、脳まで筋肉・赤星ビスコの、太陽のごとく輝きながらのトドメの叫びである。間違いない、これは己を高揚させる良い闘いをした法務官への称賛みたいなものだ。


・「天晴れ! 千両咲きなりィィーーーーッッ!」

応えるサタハバキ側の叫びも良い。読めば伝わる。

懐かしさすら誘う気持ちいい活劇小説だ。電撃文庫はどんどんこういうものを出してくるから凄い。



・「よく見て、信じて、少し考えれば……勝ち筋は案外、手の届くところにあったりする」
「言うものだな。どこから、その自信が出てくる!?」
「学歴ですね」

ミロおめー、弓に大事なことに学歴を足すな。
弓ノルマが今回これでふふっとなってしまった。サポート役がビスコ

ミロの学歴から出たその倒し方、真面目に受け取っていいのかわからないネタぶりだ。なんだけど熱いから困るので。読んだ人は一緒に笑ってほしい。


からの

・「キノコ素人みたいな死に方するところだった!」

何だよキノコ素人って。むしろキノコ玄人が何だよ。いや読んでたらキノコ玄人のことは理解できるんですけど。




サタハバキもホウセン様もめちゃくちゃカッコいい。そしてそのふたりの因縁もとても良い。
ラスト、展開、まさかそこがそうなる……? それでいいの……!? とという顔をしてしまった。
あんなにああだった彼がアレなアレになるんでしょうか。揺れ動いて、正解をつかんだように見えて、そんな彼のことがたぶんみんな、私も含めて好きになったと思うんだけど。
私は答えとして修羅を選ぶ人間も、間違える人間も好きなので、これからどういう評価で描かれていくのか待ってます。美しい描写だったので、きっと新しい軸のひとつになるんだろうけどねえ。

ネタも真面目なやつもごったまぜで挙げたが、この感じが錆喰いビスコだ、と思う。
シュールとシリアスのバランスが絶妙で、常に痛快で、笑いながら泣ける。

4巻、情緒面でもバトル面でもかなり私に突き刺さる部分が多く、お気に入りの巻になりそうだ。
舞台もよかった。監獄都市、刑期商売、地下水路。
毎巻面白いんだけど、「当初3冊で完結する予定だったシリーズの4冊目」というハードルをかるがる超えてきたので、とてもポイントが高い。
錆と花とキノコで三つ巴相性が出てきて、可能性広がる新章だ。


5巻楽しみだね。怖いです。

*1:初とは言うが、新作部門設立前に『狼と香辛料』が同じ感じでバズっている